貴重な補習科時代 | Kトラック野郎日記

貴重な補習科時代

私の通った高校(県立)には補習科という学年があった。私たちは高校4年生と呼んでいた。


つまり高校内の予備校なのだ。(1年間のみ)


大学に受からなかった生徒ほとんどが入っていた。他の生徒との見分けは簡単。上履きのラインの色が違うのだ。


1~3年までは青、補習科は黄色。


年間の授業料は当時で11万円ぐらい。予備校に比べると格段に安い。


授業は時間割が決まっており、体育もあった。他の高校生と同じ時間に登校し、授業時間も同じ。ただし午前中まで。先生は高校の先生。




私も国立大学2校に見事にふられ、補習科入りした。


うちは貧乏なので滑り止めの私立大学なんて受けさせてくれない。落ちたら就職しろと言われていた。


でもなんとか親を説得して浪人を許してもらったが1年だけという約束だった。


補習科の授業料は何とか出してくれるように頼んだ。今思うとバイトをして自分で出すのが本筋だと思う。甘えていたのだ。




補習科にはじめて行くときは恥ずかしかった。


1~3年まではあの(補習科の)お兄さん、お姉さんたちはかわいそうだなと思っていた。まさか自分が黄色い上履きをはくとは思ってもみなかった。


でもしばらくすると慣れてしまうもので全然気にしなくなる。住めば都とはこのことか。ちょっと違うな。





この補習科時代がなく、すんなり受かってたら自分の性格はかなり違っていただろう。おそらく視野の狭い融通の利かない人間になっていたかもしれない。


順調な人生だけを追い求め、失敗を極端に恐れ、自分のことだけを考える人間になってたんじゃないか。


そんなやつになってたら自分の能力からして必ずどこかで失敗して立ち直れなくなってたんじゃないか、と思う。


失敗、挫折することは決して悪いことじゃない。年をとってから失敗するより、若い時にする失敗のほうが絶対にいい。



私ももっといろんな失敗をしとけばよかったと思う。そうすればもっと大きな人間になっていたのに。


今後またいろんな挫折を繰り返すと思うが、それほどたいした失敗をしていないので許容範囲を超える挫折がやってくるかもしれない。


まあ、心配しても仕方がないのでその時に考えよ。